百人一首 91〜100番

現代語訳とひとこと解説つき。赤い文字はその歌の決まり字。「▶ 朗詠」で読み手の声を聞けます。

91番 決まり字「きり」(2字)
きりぎりす
なくやしもよの
さむしろに
上の句
ころもかた
しきひとり
かもねむ
下の句

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに / 衣かたしきひとりかも寝む

きりぎりす なくやしもよの さむしろに / ころもかたしき ひとりかもねむ

後京極摂政前太政大臣

現代語訳
こおろぎが鳴く、霜の降りる寒い夜。むしろの上に衣の片袖だけを敷いて、私はひとり寂しく寝るのだろうか。
ことばと技法
「きりぎりす」は今のこおろぎ。「衣かたしき」は共寝なら二人の衣を重ねるところを、自分の衣だけ敷く独り寝の表現。「さむしろ」に「寒し」と「狭筵(むしろ)」が掛かる。
背景と鑑賞
作者の後京極摂政前太政大臣こと九条良経は、新古今集の仮名序を書いた若き太政大臣。古歌のことばを重ねて秋の独り寝の寂しさを組み上げた、新古今的な本歌取りの見本のような歌。38歳で急逝した。
92番 決まり字「わがそ」(3字)
わがそでは
しおひにみえぬ
おきのいしの
上の句
ひとこそし
らねかわく
まもなし
下の句

わが袖は潮干にみえぬ沖の石の / 人こそ知らね乾く間もなし

わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの / ひとこそしらね かわくまもなし

二条院讃岐

現代語訳
私の袖は、引き潮のときでさえ海に隠れて見えない沖の石のように、誰も知らないだろうけれど、涙にぬれて乾く間もないのです。
ことばと技法
「潮干に見えぬ沖の石」が「人こそ知らね(誰も知らない)」を導く。人知れず濡れ続ける石=人知れず泣き続ける袖、という隠れた悲しみの見立て。
背景と鑑賞
作者の二条院讃岐はこの歌の評判から「沖の石の讃岐」とよばれた。見えないところでずっと濡れている石という着想が新しく、忍ぶ恋の「誰にも知られない」つらさを言い当てて広く愛された。
93番 決まり字「よのなかは」(5字)
よのなかは
つねにもがもな
なぎさこぐ
上の句
あまのおぶ
ねのつなで
かなしも
下の句

世の中は常にもがもな渚こぐ / あまの小舟の綱手かなしも

よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ / あまのおぶねの つなでかなしも

鎌倉右大臣

現代語訳
この世の中は、いつまでも変わらないでいてほしいものだ。渚を漕いでいく漁師の小舟が、綱を引いていく——あの何気ない光景のいとおしさよ。
ことばと技法
「常にもがもな」の「もがもな」は強い願望。漁師の小舟という日常の景に「かなしも(愛おしい)」と万葉風の感動詞を添える、素朴で大らかな調べ。
背景と鑑賞
作者の鎌倉右大臣こと源実朝は、鎌倉幕府三代将軍。万葉集を愛し、都の技巧とは違う雄渾な歌をよんだ。変わらないでほしいと願った実朝自身が、28歳で暗殺される運命だったことが、この歌を切なくする。
94番 決まり字「みよ」(2字)
みよしのの
やまのあきかぜ
さよふけて
上の句
ふるさとさ
むくころも
うつなり
下の句

みよし野の山の秋風小夜ふけて / ふるさと寒く衣うつなり

みよしのの やまのあきかぜ さよふけて / ふるさとさむく ころもうつなり

参議雅経

現代語訳
み吉野の山に秋風が吹きわたり、夜が更けていく。かつて都のあったこの里は寒々として、衣を打つ砧の音が聞こえてくる。
ことばと技法
「ふるさと」はここでは「古い都」のこと。「さ夜更けて」の「さ」は語調を整える接頭語。秋風・夜寒・砧の音と、寂しさの要素を重ねていく。
背景と鑑賞
吉野は昔、離宮のあった地。衣を打つ音は冬支度の生活音で、寒village の夜に響くと旅愁を誘う。作者の参議雅経(飛鳥井雅経)は蹴鞠と歌の家・飛鳥井家の祖で、新古今集の撰者のひとり。
95番 決まり字「おおけ」(3字)
おおけなく
うきよのたみに
おおうかな
上の句
わがたつそ
まにすみぞ
めのそで
下の句

おほけなくうき世の民におほふかな / わが立つ杣に墨染の袖

おおけなく うきよのたみに おおうかな / わがたつそまに すみぞめのそで

前大僧正慈円

現代語訳
身の程知らずなことながら、このつらい世を生きる人々の上に、おおいかけよう。比叡の山に住みはじめた私の、この墨染の袖を。
ことばと技法
「おほけなく」は「身分不相応にも」。「わが立つ杣」は比叡山を指す伝統の言い方で、「墨染の袖」は僧衣。袖で民をおおうという大きな比喩が歌の芯。
背景と鑑賞
作者の前大僧正慈円は九条家出身の天台座主で、史論書『愚管抄』の著者。乱世に向かう時代、宗教者として民を守る決意をよんだ歌で、百人一首の中でもまれな「祈りの宣言」の一首。
96番 決まり字「はなさ」(3字)
はなさそう
あらしのにわの
ゆきならで
上の句
ふりゆくも
のはわがみ
なりけり
下の句

花さそふあらしの庭の雪ならで / ふりゆくものは我が身なりけり

はなさそう あらしのにわの ゆきならで / ふりゆくものは わがみなりけり

入道前太政大臣

現代語訳
嵐に誘われて、桜の花が雪のように降りしきる庭。古びて(降り積もって)いくのは花ではなく、じつは年老いていく私自身なのだった。
ことばと技法
「ふりゆく」に雪や花が「降りゆく」と、わが身が「古りゆく(老いていく)」を掛けた掛詞が芯。花吹雪を雪に見立てる王朝の型に、老いの実感をひねり込む。
背景と鑑賞
作者の入道前太政大臣こと西園寺公経は、鎌倉幕府と結んで権勢をきわめ、豪華な西園寺(金閣寺の前身の地)を営んだ大貴族。栄華の人がよむ「老い」だからこそ、花吹雪の華やかさが切ない。
97番 決まり字「こぬ」(2字)
こぬひとを
まつほのうらの
ゆうなぎに
上の句
やくやもし
おのみもこ
がれつつ
下の句

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに / 焼くや藻塩の身もこがれつつ

こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに / やくやもしおの みもこがれつつ

権中納言定家

現代語訳
来ない人を待つ私は、松帆の浦の夕なぎのころに焼く藻塩のように、身も心も恋い焦がれているのです。
ことばと技法
「まつほの浦」に「待つ」を掛け、「焼くや藻塩の」が「焦がれ」を導く。夕なぎの静けさと、じりじり焼ける藻塩の対比が、待つ恋の内側の熱を写す。
背景と鑑賞
作者の権中納言定家こそ、百人一首を選んだ藤原定家その人。万葉集の笠金村の歌をふまえた本歌取りで、揺らめく炎のような恋の歌を自選した。撰者自身の代表歌として味わいたい一首。
98番 決まり字「かぜそ」(3字)
かぜそよぐ
ならのおがわの
ゆうぐれは
上の句
みそぎぞな
つのしるし
なりける
下の句

風そよぐならの小川の夕暮は / みそぎぞ夏のしるしなりける

かぜそよぐ ならのおがわの ゆうぐれは / みそぎぞなつの しるしなりける

従二位家隆

現代語訳
風がそよそよと楢の葉に吹く、ならの小川の夕暮れは、もう秋のように涼しいけれど、川で行われているみそぎだけが、まだ夏であることのしるしなのだった。
ことばと技法
「なら」に木の「楢」と地名(京都・上賀茂の「ならの小川」)が掛かる。六月末の夏越の祓(みそぎ)は夏の季語で、涼しさと夏の行事のずれが歌の妙味。
背景と鑑賞
作者の従二位家隆こと藤原家隆は、定家と並び称された新古今集の撰者。夏の終わりの夕暮れの、秋が入りまじる一瞬の空気を写した歌で、百人一首の掉尾近くを飾る清涼な一首。
99番 決まり字「ひとも」(3字)
ひともおし
ひともうらめし
あじきなく
上の句
よをおもう
ゆえにもの
おもうみは
下の句

人も惜し人も恨めしあぢきなく / 世を思ふゆゑにもの思ふ身は

ひともおし ひともうらめし あじきなく / よをおもうゆえに ものおもうみは

後鳥羽院

現代語訳
人がいとおしくも、また恨めしくも思われる。世の中を思うようにならないものと思うために、あれこれと物思いにふけるこの私には。
ことばと技法
「人もをし人もうらめし」と相反する感情をそのまま並べる率直さが歌の芯。「あぢきなく」は「思いどおりにならず、やりきれない」。
背景と鑑賞
作者の後鳥羽院は、新古今集を自ら主導した帝王歌人。この歌の12年後、承久の乱で鎌倉幕府に敗れて隠岐に流され、その地で崩じた。人と世への愛憎半ばする思いが、のちの運命を予言するかのように響く。
100番 決まり字「もも」(2字)
ももしきや
ふるきのきばの
しのぶにも
上の句
なおあまり
あるむかし
なりけり
下の句

ももしきや古き軒端のしのぶにも / なほあまりある昔なりけり

ももしきや ふるきのきばの しのぶにも / なおあまりある むかしなりけり

順徳院

現代語訳
宮中の古びた軒端に生えるしのぶ草を見るにつけても、いくら偲んでも偲びつくせないのは、栄えていた昔の御代であることよ。
ことばと技法
「しのぶ」に草の名「忍ぶ草」と「偲ぶ(なつかしむ)」を掛ける。「なほあまりある」は「それでもなお余りある」で、偲びきれなさを言う。
背景と鑑賞
作者の順徳院は後鳥羽院(99番)の皇子で、父とともに承久の乱に敗れ、佐渡に流されてその地で崩じた。朝廷の栄華が過去になっていく時代、荒れた宮中をよんだこの歌で百人一首は幕を閉じる。父子の歌で始まり(1・2番)、父子の歌で終わる構成になっている。

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